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我慢は相手に向き合うことを放棄するのと一緒

ここ最近、小さなことだけど我慢し続けて、ある日突然爆発するということが何回かあった。
 
言いたいことをその場で言えない私の性格によるものだが、「これぐらいのことをあえて伝えるほどではないし、相手にも事情があるのだろう」と思い、ストレスを感じながらも我慢していた。だが、それが回を重ねて蓄積するにつれてイライラが大きくなり、最終的に噴火という形をとったもの。
 
もう怒りが抑えられなくて、夫にあたり、こどもにあたり、当の本人たちにも泣きながら訴え、しばらく感情の収拾がつかなかった。
 
相手のことを推し測った上での我慢だけに、「必要な我慢」とも取れるが、爆発は良くない。そして、爆発して初めて相手が「そうだったの?」と私の我慢に気付く状況も良くない。
 
表向きには人間関係が上手くいっているように見えて、どこかにひずみがあるのは円滑ではない証拠。それは「必要な我慢」ではない。
 
浅見帆帆子さんも話されているように、そういう我慢は放棄とも取れる。
 
自分が感じているストレスを何度でも相手に説明する努力や、相手に伝わりやすい言葉を選び、時間をかけて丁寧に相手と向き合うことを途中でやめてしまったからこそ「我慢」という状況がやってきている
 
こういう状況、ほんとよくあるから、いい加減乗り越えなさいという印なんだと思う。よし、私は相手に向き合うことを放棄しない! 我慢しないぞ!
 
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